第1話 お金のせいで家庭崩壊した少年時代

小学生のとき一番衝撃的だったのは、家が貧乏すぎて母親が不倫し離婚、その後引っ越しを10回以上経験したことです。苗字も今までで3回変わってます。

いきなり重いわーって話ですけど、当時はお金が無かったんですね。

母親がパートで働いていたゴム工場の社長と不倫して、底辺高校卒の親父は捨てられ、家庭内はめちゃくちゃになりました。

小学生3~4年頃でしょうか、母親が帰らない日がありどうも心配だと父親は車に乗り探しにいくことにしました。

僕と妹2人が乗り探していると、母親が見知らぬ男性といるところを発見。

そこから血みどろの殴り合いが始まりました。

まだ子供だった僕は、その状況を見るだけしかできずその場で呆然と立ちつくしているしかありませんでした…。

その後ごちゃごちゃっと揉めて、別居生活が始まり、僕と妹2人は父親の実家で暮らすことに。

1年程生活したのち、母親とドラマティックに再会するも親権は母親側になっていたようで、すぐに父親とは離れ離れになりました。

今考えると元々そういう取り決めだったのかもしれませんね。

なので父親と離れ、その不倫相手の社長と母親とで暮らすことになりました。

そのとき強く思ったのは、『自分の子供に絶対こんな思いをさせたくない!』ということですね。

そして、社長とくっついたからといって幸せになれたかというとそんなわけはなく。

元々経営していた工場はすでに捨ててしまっているのですから当たり前ですけど、結局お金が無くなってましたね。

本末転倒過ぎて泣けてくるレベル( ̄∇ ̄;)

で、そのおかげでまあまあ性格が歪んだ子供が出来上がり、よく駄々をこねる子供になりましたね。

おもちゃが欲しい、ゲームが欲しいと欲しい物は絶対に手に入れるマンでした(^▽^;)

ファミコンやスパーファミコンなどの昔のゲームは、特に高額だったので(ソフト1つ1万円超えは当たり前)なかなか買ってもらえませんでした。

そうです、僕は欲が強い人間なんです( ・`ω・´)

お金が欲しい、
かっこいい車が欲しい、
おいしいものが食べたい、
いいところに住みたい、
幸せな家庭を築きたい、

などといったことは、過去の出来事やコンプレックスが原因なんじゃないかな?と思います。

お金がないせいで、両親は離婚したししたくない転校を10回以上もしなければならなかった。

じゃあそうならないために稼ぎたい!幸せになりたい!幸せになるには金やろ!金や!と思うのは自然なことですよね(違う?)

だからこそ、僕は貪欲にお金稼ぎのための知識をつけてきました。
それはもう必死に。生き残る力をつけるために。幸せになるためにです。

逆境をバネに!というか、コンプレックスというものがないと人はそういった稼ぐという行動をとらないと言われてます。

何不自由なく過ごしてきた人は稼ぐためにがんばるとか、1ミリも考えないそうですよ。

そりゃ頑張らなくても幸せならその必要性が皆無でしょうね。

さて、そんな僕も今では子供を育てるようになりました。

子供を育てているうちに、あのときはもしかしたら親にもっと愛してほしかったのかもしれないと気づくことができました。

おもちゃやゲームを与えられることで親の愛を感じるというか。

親は子供より大人の世界のことを優先していたので、僕は子供優先の家庭に憧れていました。

好きなときにお菓子を買ってもらいたいし、
好きなときにおもちゃを買ってもらいたいし、
好きなだけゲームで遊びたかったんです。

そういったことを子供の頃はよく考えていましたね。
でもこれってよく考えたら、大人になったら簡単に叶ってしまうものですね(^▽^;)

ただ子供の僕はそんなことには気が付きませんので、それはもういっぱい駄々をこねました。

親からの愛情を優先されたいから、悪いこともいっぱいやっていました。

全て、振り向いてもらうためですね。

怒られることすら嬉しいというわけのわからないことになっていましたので、相当メンタルやられていたのだと思います。

なので、自分の子供は甘やかしたいし、何不自由ない生活を与えてあげたい。

そういう考えを抱きながら、こういったブログを書いています。

まあ、そんなこんなで…

家庭はそんな感じでしたけど、学校ではいじめたり、いじめられたりということが転校のたびにありました。

転校生活は神奈川県に引っ越してきて終わるんですが、その最後に転校した地域と学校が最悪でしたね。

暴走族が家の目の前の国道を夜中毎日のように走っていたり、
その暴走族の子供がクラスに10人くらいいたり、
その10人のほとんどが僕の友達だったりライバルだったり、
血で血を洗う喧嘩が日常茶飯事だったり…。

小学生5年生のときは、学校のいじめ問題が凄くて不登校児は連日出るわ、
毎日のように学校のプリントをその不登校のクラスメイトに届けに行くというイベントがあるわ、
それが3~4人いたから一巡するだけで夕方になるわですごく大変だったのを覚えています。

この辺も、転校さえしなければ…!と当時は考えていましたね。

第2話 地元の悪い奴らは大体友達~中学生から就職までを読む

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